2008の4月、オランダのライデン大学(Leiden University)薬学部の学生が来日した。彼らは伝統ある学生団体L.P.S.V."Aesculapius"に所属していて、自分たちで訪問先を決め、スポンサーとなってくれる財団、企業、組織を探し、出資してもらい日本の製薬会社などを見学に来た。
今回彼らの滞在を全面的に支援した永井記念薬学国際交流財団と私が所属する研究室の教授の関係が深かったので、私は彼らが製薬会社の見学の際の通訳とサポートを依頼された。

研究所や東大の実験室を回るときに真っ先に上がった質問が、臨床試験がヘルシンキ宣言に則っているか、動物実験の際に動物の痛みの軽減を考慮しているかなどの倫理的な質問だった。日本の学生の質問が、実験器具の動作、反応の説明など細かいところを指摘する傾向とは正反対であった。ライデン大学では「科学」の内容を教える前に倫理感の教育が徹底して行われているのだろうと感じた。
また、生徒たちの流暢な英語にも関心したが、欧米の人達に見られる疑問に感じたら即座に質問し、自分の意見を堂々と表現する態度に改めて感心した。日本のクラスではしばしば授業の後に講師が「質問はあるか?」などというものの、その場で手をあげて全体の場で自分の意見を明確に述べることができる人は非常に少ない。沈黙は金なり、という文化のせいだろうが、これでは国際の場では全く通用しない。受験勉強のように教師から生徒への一方的な情報の詰め込みの結果だろう。
さらに驚いたのが、製薬会社側のプレゼンテーションであった。(この会社の名誉のために名前は伏せます。)プレゼンテーションのスライドはすべて英語で書かれていたにも関わらず、プレゼンする人は全く英語を一言も口にすることなく、最初から最後まで日本語でプレゼンを行った。そのプレゼンを私ともう一人の東大の学生が通訳した。ただでさえ日本では薬の市場が飽和していて、これからは世界に目を向けなければいけない製薬会社なのに、プレゼンひとつも英語で行えないとはいささか驚きであった。日本の語学教育に問題があるのは言うまでもない。国際的な場で日本のプレゼンスを向上させるにも最低限他人に自分の意思・考えを伝える能力と姿勢を持ち合わせなければいけないが、残念ながらこれらの教育が日本で熱心に取り組まれているとは思えないのである。英語学ではなく、人間とコミュニケーションの道具としての英語を教えなければいけないし、なにより自分の意見を人前で述べる技術を教えなければいけない。日本の学生にはこれらのことが欠けている。
ライデン大学の学生と話しているうちに彼らの研究生活が私たちの研究生活に比べて非常に時間にゆとりのあるものだと感じた。彼らは朝8~9じに学校に着き、午後5時には帰宅するという。東大の薬学系の研究室に所属する学生は10時に学校に来て、夜10時に換えるという生活は珍しくない。(夜10時を過ぎることも多々ある。)私たちはもちろんそんな遅くまで学校に残りたいという願望は一切なく、研究を進めて成果を出すためにしかたなく残業するのである。ヨーロッパのビジネスマンと日本のビジネスマンも労働時間の差は大きい。人間的な生活をするためにもう少し日本の学生やサラリーマンは「遊ぶ時間」を作ってもいいのではないかと常々思う。もちろん、本当にそのことが好きで没頭している人はそれでいいのだが、しかたなくやっているというのは避けたい。
製薬会社をたち、最後には盆栽や神社を見学した。彼らは非常に日本の文化(おみくじ、絵馬)に興味を持っていて、何人かは絵馬にオランダ語で願い事を書いていた。一日しか交流しなかったが、私にとって様々な文化の相違を感じてそれについて深く洞察することができたので非常に良い経験となった。自分と文化背景が異なる人たちと交流し、討論することは自分の見識を広めてくれる。

東京大学大学院薬学系研究科 生命薬学専攻 分子薬物動態学教室 修士一年